2012年02月24日

初めての腰痛

気がついたら太もも痛みがなくなっていました。
治ってよかった。その時はそう思いました。
しかしそれは治ったのではなく体(筋肉)が補ったに過ぎなかったのです。

初めての腰痛になる1年前。

太ももに痛みがあった頃、体育ができず見学をしていました。
楽しそうにサッカーに興じるクラスメイト。
それを尻目に校庭を歩いていると
担任先生が私に近づき「ちょっと歩いてみなさい」
私は分けも解らず、先生に背を向け歩きました。
私の歩き方を見た先生が
「君は歩き方がおかしいから気をつけなさい」と言ってきました。
子供の私には理解できなかったと思います。

しかしその担任の先生の言葉は的確だったと思います。

そしてその日は突然に前触れも無くやって来ました。
事の発端は朝起きたとき、顔を洗うのに腰を曲げると。。。
その痛みは今思えばたいした痛みではなかったと思います。

小学校5年生。
ここから長きに渡り腰痛との生活が始まったのです。
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2012年02月23日

腰痛になるまで

腰痛になり病院へ運ばれる前、
人からストレッチで解消できると言われ痛みに耐えながら繰り返した日々もありました。
それはある意味間違えでした。
オシャレをしたい年頃の10代。身に付けている物の中で一番高い物が腰痛対策のコルセット。
そんな時もありました。
それではもう少し前、腰痛に出会う前に遡ります。

小学校4年生のとき。。。
体育の時間で違和感を覚えたのが始まりでした。
体育の授業恒例のかけっこ、何時もと何も変わらずおもいっきり走る。砂利を蹴り上げる音。
その時は急に訪れました。
足を上げるたびに太ももに痛みが出始めたのです。
違和感を覚えつつも、そのまま走りきりました。

数日してまた体育の時間、やはり痛い。
始めは気にせず筋肉痛か?位に思っていましたが、待てど暮らせどその痛みは消えませんでした。
なんだろう?気になりましたが当時は小学生、そんなに重く気にしていなかったと思います。
しかし走るたびに痛む様になり、親に相談し心配した親が町の接骨院へ連れて行きました。

お爺ちゃん、お婆ちゃんがいっぱいいて電気を当てている、そんな光景が今でも記憶に残っています。
レントゲンを撮り、医師に見てもらった所、特に異常はないとの事。
塗り薬、湿布を貰って、ホットパックで痛い箇所を暖めて血行を良くして行きましょうと
お爺ちゃん、お婆ちゃんに混ざって子供が太ももに何かのせられました。
今で言う、ホットカーペットの小さい版のようなもの。
熱過ぎたら自分で『切』にして、また落ち着いたら『入』にして。
アラームの音と共に終了。

そのまま、習い事の様に決まった曜日に接骨院へ通う様になりました。

それが始まりだった気がします。
まさかその時は、その後あんなに苦しむ日々に出会うとは思いもしませんでした。

腰痛や体の痛みは確実に治す方法はない。
レントゲン、検査に異常がなければ、それ以上医師はどうすることもできない。
かなりの時間とお金を費やした、腰痛の痛みがピークに達していた頃
そう思う様になっていました。
posted by zanpa at 03:09 | Comment(0) | 腰痛になり病院へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2012年02月20日

腰痛になった日から

腰痛といえば、一度は経験した事があると思いますが、
私の場合は簡単に「腰痛」と言える程度の症状ではありませんでした。
思い起こせば小学校の時まで遡ります。
タイトル説明にもある様に腰痛になり、ギックリ腰になり、椎間板ヘルニアと病院で診断され、座骨神経痛のしびれに悩み、
学生時代の一番楽しい時期を腰痛によって棒に振りました。

治療法も色々試しました。マッサージ、ホットパック、牽引、カイロプラクティック、整体、ブロック注射、レントゲン、MRI、痛み止めの薬、痛みに効果があると言われたサプリメント、食べ物。

このBlogでは私が初めて腰痛になってから、骨盤調整で腰痛治療の先生に出会い、普通に生活できる様になるまでの「10年間」を時代を追って書いて行きたいと思います。
posted by zanpa at 02:28 | Comment(0) | 腰痛になり病院へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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